トマスによる「三面記事」

トマスによる福音書に、次のような節があります。

イエスが言った、「二人の男が一つ寝台に休んでいるならば、一人が死に、一人が生きるであろう」。サロメが言った、「あなたは誰なのですか。一人から出たような人よ。あなたは私の寝台に上ぼり、そして私の食卓から食べました」。イエスが彼女に言った、「私は同じ者から出た者である。私には父のものが与えられている」。〈サロメが彼に言った〉、「私はあなたの弟子です」。〈イエスが彼女に言った〉、「それ故に私は言うのである、『彼が同じであるときに、彼は光で満たされるであろう。しかし、彼が分けられているときに、彼は闇で満たされるであろう』。

(トマスによる福音書、61。荒井献訳)

で、ここに挙げられているグノーシス的描写は、今は触れません。

まあ、自己繰り込み論や自己言及などとの関連も思わせますが。

問題は、サロメさんによると、イエスさんは、サロメさんの寝台に上がったわけなんですね。

まあ、いい年こいて何をやってんだか、ですが。

しかも、イエスさんには、マグダラのマリアというパートナーがすでにいるのに、ですけどね。

トマスさん的には、ここで何があったかは、ご想像にお任せします、なんでしょうけどね。

だからこそ、言いたくなるわけですよ。

「イエスのドスケベ!」ってね(笑)。

そもそも、漏尽通という神通力をいち早く発揮して、一人でさっさと神の元に帰ってしまったなんて、まさに、「世紀の早漏野郎」ですよね(笑)。

ま、実際にはこんなもんです。

歴史的なイエス像は、完全に「虚像」だ、というわけです。

いずれ、トマスの福音書に関しても、ざっとした「感想文」をアップする予定です。

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