いわゆる「既知外」と「悪人正機」

「既知外」というのは本当にただ文字通りの意味だったんだとわかった。

日本語はすごすぎる。

そういう人は、「既知」の「外」、つまり、神に対して神の子を「守って」いるという自我によるシールドの「外部」にいるということなので。

では、本当に気が違っているのは、果たしてどちらなのか。

いわゆる「善人」というのは「最悪の存在」だったんだと気がついたら、親鸞の「善人なほもて往生を遂ぐ、いはんや悪人をや」という「悪人正機」の意味が、ようやくわかった。

親鸞、マジぱねえ。

めっちゃ皮肉が効いてるし。

つまり、「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」とは、こういう意味なのかもです。

「「自称善人」である「最悪の人間」ですらも天国に行けるらしいのだから、まして、罪悪感による心の地獄をリアルに苦しんでいる人が天国に行けないはずがない」

というわけだったんですね。

さらに言うと、いわゆる「悪人」という人は、「自称善人」たちがよってたかって、人類意識というシステム全体の脆弱な部分を担当している人を「悪者扱い」しているわけですしね。

ま、ですからこれは、「全体救済のコツ」だったわけです。

誰もが心の中では、「自分は悪人なのではないか」と密かに罪悪感で苦しんでいるのですから、悪人正機とは、心のレベルでは、実はすべての人のことなんですけどね。

「私は善人である」という思いで心が根っから凝り固まっている人は、一体どうすれば?

そのような人に対して親鸞は言った。

「そんな人は、わしゃ、知んらん」

m(_ _)m

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